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【5月3日・Snow Man 結成日】滝沢歌舞伎公演中にタッキーからグループ名をもらった日:由来と歴史に、ジャニーさんの名残も浮かぶ。

2012年 5月3日、Snow Man 誕生。

2020年 5月3日で、結成から8周年。おめでとう!

デビューにたどり着いたSnow Man。

『境遇や歩んできた道が似ている6人と、それぞれ別の場所からたどり着いた3人』と言われるかもしれないけど、

人はみんな違うから、やっぱり9人それぞれに、性格も違えば体感したことも違うし、結果として紡ぐ言葉や表現方法には9通りの個性が出ると思う

その個性の現れ方は違えど、

「Snow Manに人生を懸けた男」であることは、9人みんなが同じなんじゃないかと、強く感じてる。

8人を、自分を含め9人を、ファンの皆様を、大黒柱として引っ張ると覚悟を決めた人

泥臭くていいから、Snow Manで在り続ける・守り続けることを誓った人

グループのためなら、自分を変え、先陣切って体当たりで挑むと決めた人

仲間のために大事なことは、たとえ目上の人でも真剣に伝えようと動く人

どんな時も大切な人への愛を忘れずに、美しく舞うと決めた人

自分を磨いてグループに貢献したい、自分をより強くさせたいと有言実行する人

背中を押し続けてくれた家族、仲間、ファンの愛情をパワーに変えて励む人

夢にまっすぐ、自分を裏切らず、たゆまぬ努力で陽の光を掴んだ人

挑戦者を志し、仲間の夢は自分の進む道であると律し、その夢を進化させる人

まだまだまだまだ、Snow Man 9人と一緒に、たくさんの夢をみたいね。

Snow Man のお話で欠かせない現場といえば、滝沢歌舞伎。

結成日にちなんで、ちょっと懐かしんでみたりしてみようかな。

【2012年、滝沢歌舞伎でタッキーからグループ名をもらうサプライズ】

当時の滝沢歌舞伎公演中、突然バックスクリーンにグループ名が映し出され、

彼ら6人に名前がつきました。

[滝沢歌舞伎2012・初回生産限定盤]の『ファミリー公演』に収録されているんだけど、このとき映し出されている文字、実は「SnowMan」だったりする。

なにが違うの?というと、そう、間のスペースが無い

その後、「Snow Man」が正式表記となって、今に至ったという歴史が。

記念日時期のツイートでは「間にスペース入れるんだよ!」とアドバイスしそうになったら、ひと呼吸がおすすめ。きっと”あえて”書く人も居るのかな。そう、思い入れって、人それぞれありますもんね。

(あとで話す前身の「Mis Snow Man」もスペースは入っていたし、スクリーンに映した当時はサプライズ発表だったのもあって[SnowMan]になってたのかな?とかね。)

ふっかが当時のことを振り返ったことがある。

「滝沢くんに楽屋呼ばれて、今日の出番楽しみにしててね」と言われた、と。

出番というのは、6人で[限界メーター]を歌うところ。粋だねぇ。

千穐楽の5月6日、あらためて「Snow Man」として6人が活動していくことが発表され、この滝沢歌舞伎は無事幕をおろす。

▼[Snow Man]の名は、ジャニーさんの想いも入った、時代を超える合作

もともとジャニーさんが前身グループの「Mis Snow Man」を組んだとき、

いつものごとくイニシャルを並べてつけた説が濃厚なわけだけど(のちに9人体制になったあとのVS嵐出演時も由来を喋ってたね)、

「俺のFはどこだよ」とみすの時代にもすでに笑いを取ってたふっかのエピソードはウケるよね。

私が好きなジャニーさんの命名エピソードとしては、並べられた「 Mis Snow Man」の中に「Show Man」を潜ませてるように見えるところ。

やがて9人になったとき、翔太が「”満員”にかけておしゃれなダジャレを入れた」と言ってつけた単独公演タイトル【雪 Man in the Show 】にもShowが繋がった感じがして、個人的に好き(これは私の個人解釈です)。

長年舞台を支えて、そして中心に立ってショーをまっとうするSnow Manは、ほんとにShow Manだなぁ、と今あらためて思う

ジャニーさんもしかして、フカザワのことHukazawaでいけるわと”nとh”のダブルミーニングでヨシとしたんじゃないの?」と、勝手に私は当時思ったものだけど(笑)、

そうすれば『Show Man』を文字ったことと辻褄が合うじゃん…! 影の立役者感がふっかにぴったりじゃん…!」ってなるので、勝手にテンションが上がってました。

もはや、「1個目のnはふっかの化身のhで(もうまじでFukazawaどこいった)、最後のnがのんちゃんのnなんじゃないの?」とかいって、延々考えてたな(※あくまで個人の解釈あそびなので悪しからず)。

ともかく、2012年5月3日、ジャニーさんが名付けた「Mis Snow Man」の名残を残しつつ、タッキーにより「Snow Man」命名、6人のグループが誕生

さきに「Snow Man 結成日」のことをつらつらしたけど、ちょっと時間を巻き戻しましょう。

【Mis Snow Man 時代、阿部ちゃん受験期を経て、6人がふたたび集まった】

Snow Man の前身グループ、2009年1月から『Mis Snow Man』の時代がはじまる

結成当初は小野寺一希くん(今でも個性あふれるダンサーです、みすの当時池袋で見かけたな)もいたけれど、同年9月に別ユニットM.A.Dへ。以後、8人で安定。

Mis Snow Man時代の現場で好きなものは数あれど、2010年9月『少年たち 格子無き牢獄』がめちゃくちゃに好きです。最後のショータイム、8人のダンスナンバー最高。ちなみに大阪公演では「Shadow WEST」名義でジーコ(向井康二)も出てますね。

2011年夏には、8人で出演した映画【HOT SNOW】も公開されて、みすのはJr.内でも立派なユニット活動をしていた。

やがて、のんちゃん(野澤祐樹)とさなぴー(真田佑馬) の2人が「noon boyz」として活動をはじめる。「笑っていいとも! 」の最終代【いいとも青年隊】を務め、『お昼や〜すみはウキウキウォッチング♪ あっちこっちそっちこっちいいとも♪』って歌ってたのが懐かしいね〜。

そう、のこる6人はなんだかふわっとした位置になってしまう。

その後、あべべ(阿部亮平)は大学受験を決意、Jr.の活動をお休みする期間に突入。

しばらく、5人での活動期間に入る(”5人”とか、”5人たち”と呼ばれたり、「どうなるのかね…」なんてJr.担も気になっていた期間がつづく)。

5人で出てる少クラ、5人で載る雑誌、というよりあべべが居なくてみんながまたJr.BOYSに戻った感じ、不思議だったね。

▼2012年1月、 Jr.名義で5人は舞台出演。2月阿部ちゃんが大学に合格し戻ってくる。

しばし、5人は「ジャニーズJr.」として過ごすことに。

一度でもユニットを組んだ経験をしたら、無所や”Jr.BOYSに戻る”的な『後退感』は心理的にもすこし複雑だったんじゃないかな。

2011年年末以来、2012年の年始も5人での舞台出演がつづく。

・2012年1月、帝国劇場:新春 滝沢革命 (1/1〜1/29)

・2012年2月、日生劇場:ABC座 星 [スター] 劇場(2/4〜29)

そして時は流れて2012年2月、晴れてあべべは上智大学に合格!ジャニーズJr.に戻ってきて、また6人は集まる。

受験の休業期間以来、メンバー同士、お互いやグループを想うが故の衝突もあったりしてなかなか濃ゆい時間を経ながらまた結束していくのでございます(滝CHANNELで本音をぶつける回があってめっちゃ泣けた)。

そう、あべべが受験を終えて戻ってきた2012年、

この年の5月3日 滝沢歌舞伎公演中に、6人は「Snow Man」とグループ名を授かったわけですね。

タッキーなりに、当時から6人のことを”次の世代”として育てる気持ちがあったんでしょうね。

【Snow Manに人生を賭けた男たちこそが、現Snow Manのメンバー】

こうして6人のSnow Manは、たくさんの時を重ねながら、イマに名前を残し続けてくれました。

約6年と8ヶ月、6人時代を駆け抜けて、2019年1月17日には新たな仲間を正式にむかえ、ずっと目指した道を走り続けてくれている

冒頭部分を繰り返すけど、

「Snow Manに人生を懸けた男」であることは、

9人みんなが同じなんじゃないかと強く感じてる。

8人を、自分を含め9人を、ファンの皆様を、大黒柱として引っ張ると覚悟を決めた人

死にものぐるいで、泥臭くていいから9人を守ろうと誓った人

グループのためなら、自分を変え、先陣切って体当たりで挑むと決めた人

仲間のために大事なことは、たとえ目上の人でも真剣に伝えようと動く人

どんな時も大切な人への愛を忘れずに、美しく舞うと決めた人

自分を磨いてグループに貢献したい、自分をより強くさせたいと有言実行する人

背中を押し続けてくれた家族、仲間、ファンの愛情をパワーに変えて励む人

夢にまっすぐ、自分を裏切らず、たゆまぬ努力で陽の光を掴んだ人

挑戦者を志し、仲間の夢は自分の進む道であると律し、その夢を進化させる人

ずっとずっと9人で、もっともっと楽しい時間を過ごしてほしいし、

たとえ逆境が訪れても、困難を何度も乗り越えてきた人たちは強い。

やり続ければ終わることは無いって、ほかでもなく「Snow Man」が証明しつづけてくれている。

また来年も、その先もずっと、9人で結成日をお祝いできますように。